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一度だけ

昨日AKまで来てくれた小悪魔氏のブログ→http://ajiajiamano.at.webry.info/

最新記事の「思い出を振り返る毎日・技術編」
昼に読んでから真夜中の今まで、何度も読み返して、そして喉に骨が刺さったような感じになった。

彼は、自分にとって友人であり、後輩であるのは二の次。なぜなら自分が先輩らしいことを彼にやってあげた記憶がないし、それは親しみを持った頃にはそんなことにいちいち気を遣う関係でもなくなってたから。

また、他人のブログに、真剣に思っていることに何やかんや言うのも嫌なものだと思う、されるのもするのも。

そんなタブーを喰いちぎって、たった一回、今回の文は卑怯にも先輩という特権ということで許して頂きたい。


プロの将棋はとにかく手堅い・・・は、そうでもない。
戦形選択にしたってリスクを承知で飛び込んでいる棋士はほとんどだと思う。

良くなったら先行逃げ切り・・・これは当たり前だと思う。少しでも安全策を。。と思うのは負けることにチキンになるんじゃなくて、勝つことの大変さ、「勝った」と思った瞬間が一番危ないと身をもって知っているから。
自分の凡ミスで負けるのは自分に負けること。それが一番許されないと思っているからの棋士の将棋なんだと思う。

野球に例えて、ノーアウト1塁の場面で必ずしも手堅く送りバントするわけじゃない。エンドランかけたり、スチールしたり。要は場合場合で「最善」と思うことをやり続けているだけなんだということ。それでもミスをしてしまう、「なぜあんなボール球に手を出した」とか「どうせなら思い切りフルスイングすればよかった」とか。そんなの誰も同じこと繰り返してます。
棋士の将棋は1点差になりやすいから、送りバントや小刻みな継投が多くあるように見えるけど、基本は高校球児と何ら変わりないところにあると思ってます。



自分のベースとなるスタイルがあって、それを確立できることは立派だと思うし、それを曲げて何かに崇拝しろってことじゃない。

棋風なんて変えようと思っても変えられない、どんだけの努力と年月がかかるかわからない。

性格的に無理なんて、我々の人格なんて破綻してるも同然なんだから守ってやる必要もない。


特効薬を渡すなら、

哲学を曲げることは負けじゃない。
哲学に乗っ取られて指す事が負けです。

カイジの名言「理ある故に無防備」

自分の哲学がどれだけ通用するかではなく、相手の哲学を逆手に取るようなところに将棋の勝ち負けはあるかもしれない。

そう思えば、今より少しだけ臨機応変に戦える筈です。


一度だけということで、偉そうに横やり入れること許してください。










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Author:月下のシン
2008年10月1日付けで棋士となった佐藤慎一です。
気づいたら早いもので4年目に突入!
宜しくお願いします。

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