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半年間

その彼、Iはバイト連中の中でもとにかく優秀だった。
無断欠席はすることもある、遅刻もある、サボりもある・・・。それでも頭が切れて無駄な口は一切聞かない、社員の人より仕事ができて人望もあった。

自分がバイトをすることになったとき、早番のメンツをなんとなく将棋の駒に置き換えてみた。
2人いる社員は飛車角、Iは要の金で、他のバイトは銀ばっかりだった。
銀ってのは聞こえがいいけど、実際は楽な厨房をやりたがって、フロントは無理、フロアは大変だからできればやりたくないという風だった。
この店は受付が8階で、お客さんの部屋が7階と9階に15部屋づつあったから、飲み物を持っていくときなどは必ず階段の上り下りがある。一日にすれば数十回、場合によっては重いジョッキを持って2階分階段で移動しなくちゃならない。まず女の子はやりたがらないし(実際ここの店には女の子は2,3人しかいなかった)、古株になったバイトの人たちも厨房をやりたがる。
そうなると自分がフロア担当ということに毎回なるが、それが一番いいだろうと思った。
この店には桂香のような飛び駒になるようなメンツがいない、それなら自分がなってやろうと思ったわけ。
実際半年間、フロアしかしなかった。後輩ができても女の子が居ても、全部厨房は譲ってやった。譲ってやったって言い方はおかしくて、実際自分はフロアが一番好きだった。
大きな声を出すこと、階段を駆け上がること。まるでサッカーをやっているときのような感じだった。


バイトをやって一番仲良くなったのは、中番で働いてたOだった。Oはミスチルが好きで、その好きさ加減が自分と同じくらい、つまりマニア級だった。
有名大学に通っているOだったけど、すぐに意気投合し、夏には2人でロックインジャパンを観にいくようになってた。時間が合えば一緒に飯を食べたり、ミスチルの新曲の話やアルバムの話をしたり、将来の夢を話したり。無二の貴重な友人で、今でも親交がある。名古屋の友人とは彼のことです。


もう1人、中遅番のYという男がいた。
自分の2つか3つ上の大学生でボクシングをやってるとかだったか、何が理由か知らないがこっちのことが気に食わないんだろう、いつも絡まれた。
バイト場では茶髪は禁止だったけど、Yは茶髪にガン黒っていう、まぁそういう格好してた。それは別にどうでもいいんだけど、朝一番に自分に「俺の髪黒くねぇ?」と聞いてくる。
「茶色ですね」と答えると、いきなり腹を殴られた。ボクシングをやってるとかなんかで、結構効く。まぁ本当にボクシングを習っている人は、リングの上以外では人を殴ったりしないだろうから、ただの見せ掛けなんだろうが。

最初はギャグかと思ったけど、本気らしい。どうも社員に髪の毛を注意された後かなんかで、そこにいた後輩に「黒い」と言わせたかったんだろう。

それは何度もあった、Yが「黒いよな?」と聞けば自分は「茶色です」と答え、おい!とか言って殴りかかってきた。そのうちエスカレートして、自分が1人でロッカー室に居れば無言で殴ってくるようになった。
あるときはバイト後の反省会前に、何人かの男でどこそこの女の子が可愛いなんて話になった。
Yが「Aちゃんが可愛い」と言い、
自分は「オレはBちゃんが可愛いと思いますね」
言った途端、壁に叩きつけられ胸ぐらを捕まれて「Aの方が可愛いだろ!てめぇふざけんなよ!」
バカみたいな話だけど、本当にそんなことで絡まれた。やり口が汚いのは、社員のいないところと顔以外を殴るところだった。

見かねたOがある日自分に「あいつちょっとおかしいからさ、危ないぜ。おまえももう少し適当にあしらえよ、みんなそうしてるじゃん」というようなことを言われた。
今の自分ならそうするかもしれない。
だけどそのときの自分にはどうしても茶色のものは茶色だったし、頭おかしいのはあっちだから、という風に思って「オレが折れるのはおかしい」と言っていた。後輩だとか年下だとか、そういうのに今まで縛られたこともなかったから尚更だった。それにあんな奴だったらこっちからぶん殴ってやってもいいとも思ってたから。

そんな日々の終わりはあっけなかった。
ある日バイト場に行ったら、Yが社員とマンツーマンで話していて、次の日からシフトから名前が消えていた。当たり前だと思っただけで特に何も思わなかった。



将棋の金、に例えたIとは早番を一緒にやることが多かった。
もう1人、美大生みたいな同じくらいの歳の男が早番にいたけど、これがまた辛いやつだった。
バイトが終わって反省会のあと談笑すると、必ずその美大生はどこそこでナンパした女の話や、他所の店にヘルプで行ったときに一番可愛い子から連絡先聞いたとか、その子と電話したらこんなこと言ってきたとか、喋り方も回りくどくて自分は心底苦手なタイプだった。
それでも付き合い上適当に相槌打ちながら話が終わるのを待ってると、Iが「じゃ、お先」と言ってスッと席を立つ。一瞬会話が切れた瞬間に自分も「あ、オレも。じゃ」みたいな感じで脱出させてもらってた。

Iは無断欠席もしたけど、あくる日くると顔が腫れていた。
詳しい訳はわからなかったけど、自分の彼女を巡って男とやり合ってボコボコにされたらしかった。
「そりゃバイトより大事なものはあるもんな」
そう思ってIを責めたりすることはなかった。

バイト始めて4ヶ月くらい経つと、同じ系列の他所の店にヘルプで行かされることが増えてきた。
店長が独断で誰をヘルプにいかすか決めていたけど、自分の考えだとその時間帯の優秀な人間を送っていたような気がする。それは自分が優秀っていうのではなくて、自分がヘルプに行く前から、ヘルプに行く人はそうなんだな、と言う風に解釈していたから。

そうして終盤は、新宿歌舞伎町、部屋数でもうちの5倍はあるだろうモンスター店にIと自分の2人でヘルプに出ることが結構あった。
驚いたことに、最初行ったときはほとんど仕事しなかった。せいぜい部屋の片付けや飲み物出したのが10回くらい、部屋も多いけどバイトも過剰に余っているように感じた。
それでも自分のとこの店に戻ると、歌舞伎町店の店長さんからまた来て欲しいと言われたとかで店長は上機嫌でスタバのキャラメルフラペチーノを奢ってくれた。

Iと2人で電車に乗って帰ったことがあったけど、ほとんど会話らしい会話はしなかった。けれど不思議と安心感があった。
それと、これは自分の脳内妄想だけど、もしIが将棋を指したら・・・

それは不思議な妄想だった。

だけど、自分より強い気がした。

誰よりも芯が通ってて物静かで頭が切れるIは、自分がみた中でも飛び切りの棋士になったに違いないと。

将棋をやらない人でそう思ったのはこれまでI以外にはいない。




自分のバイトの終わりは、自分で決めた。

半年間、4月~9月までやったその間、本業のはずの三段リーグでは4勝しかあげられず降級点を取っていた。

最初のプランでは夕方までバイトして夜は将棋の勉強、の筈だったのだが、バイト場でOや仲の良い友達ができると夕方から飯食べに行ったり飲みに行ったりで、又次の日はバイト・・・のような生活になってしまったから。

さすがに1日で一度も将棋の駒を触らない日ができてしまっては、本末転倒、自分が終わってしまう。

そうしてバイトは半年でやめることにした。

自分の人生の中で貴重な時間、Oという友人に会えた半年。

そしてIとはそれ以来11年以上会ってない。何となく会ってみたいと思ったりもする。


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月下のシン

Author:月下のシン
2008年10月1日付けで棋士となった佐藤慎一です。
気づいたら早いもので4年目に突入!
宜しくお願いします。

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